在宅療養における眼科診療の重要性について

眼科医として思う事

私は日々、眼科診療所にて、それぞれの患者様のライフスタイル、お仕事、生き甲斐、趣味、スポーツなどに配慮しながら、また、その方のライフステージに適した安全、安心で豊かな生活を送っていただける様、診療に従事させて頂いております。

気がつけば、現在の診療所にての診療開始から15年が経過しておりました。

最近、気になることの一つに、眼科疾患の加療に取り組んで頂いていた患者様が入院、入所、外出困難などで通院が中断することが増えていることです。

診療開始当時に初老期であった患者様方が丁度、そんな世代になってこられているのだとは思いますが、今、病院、施設、自宅でどの様に過ごされているのだろう?熱心に家事に取り組まれていた方、お気に入りのテレビ番組の話をしてくださっていた方、読書が大好きだった方、受診の度に目を楽しませて下さっていた編物が上手な方など。流石に受診頂いていた当時の生活は送られていないかとは思われますが、安全に可能な限りの豊かで楽しい生活を送っていただけていることを祈っておりました。

しかし、最近、通院困難となった患者様からのご相談が増えており、いよいよ本腰を入れて在宅診療に取り組む時期かなと考え始めました。そんな中、私に相談を頂いていない患者様の中にも目のことでお悩みの方がいるのではと思い至り、また、幸い当院は医師2人体制のため在宅医療に対応しやすい環境にあることなどから、遅ればせながらではありますが眼科の往診、訪問診療に取り組ませていただこうと思っています。

 

<視覚がQOLに与える影響について>

人間の五感による知覚(情報判断)の割合は視覚83.0%、聴覚11.0%、嗅覚3.5%、触覚1.5%、味覚1.0%と言われています。

 

視覚とは

視覚は視力(物の形を見分ける能力)のほかに、視野(視界を広く見る能力)、光覚(光を感じる能力)、両眼視(両眼で立体的に物を見る能力)、色覚(色を見分ける能力)、

調節力(遠方から近い物までを見るための調節をする能力)などを含む。

 

  • 視力

Cの字(ランドルト環)の切れ目や文字を用いて検査する。黄斑部から脳の視覚野までの機能を反映している。

黄斑部の障害(加齢黄斑変性症、糖尿病黄斑症)、視神経障害、視覚野に至る視覚伝導路の障害(脳梗塞、腫瘍など)

 

  • 視野

中心(視力に反映される)以外の上下左右の視覚を察知できる範囲が狭くなる。片方の目が障害されていても反対側の目が補ってしまうこともあり、自覚し難い事がある。進行にて中心まで影響が及ぶと視力障害を起こしうる。また、後述する両眼視が低下する可能性もある。

主に網膜の障害(緑内障、糖尿病網膜症など)

視覚伝導路の部分的障害などにても起こりうる。

 

  • 光覚

透光体(涙液層、角膜、硝子体)の障害

主にドライアイ、角膜上皮障害、白内障など

眼瞼下垂の合併症として強い羞明が出ることもある。

白内障では混濁の部位により、昼盲症状(明るいと見え辛い)、夜盲症状(暗いと見え辛い)を認める事がある。

 

  • 両眼視機能

左右の目で同時に同じものを見ることによって、その像のズレが脳で処理され、立体感や距離感を得る機能。

極端な左右の視力差や不同視(焦点:ピントが合わせやすい距離 に大きな差が生じる)と障害される事がある。

白内障では左右の視力差、不同視両方の原因となることが比較的多く認められる。また、緑内障、糖尿病網膜症、加齢黄斑変性症などで片眼の視力が極端に低下した際にも認められる。

 

  • 色覚

色覚障害は後天的にも起こりうる。

白内障では視界が黄色みがかってみえる事があります。青と黒、白と黄色などを誤認する可能性がある。

視神経の障害などで障害をきたすこともある。

 

  • 調節力

老眼などで低下する。老眼では水晶体が硬化する事が主な原因。45歳位から自覚する事が多く、70歳くらいまで進行する。

白内障の術後の一般的な単焦点眼内レンズでは理論上は調節力は0となる。

眼科疾患が無く、調節力の低下のみであれば、眼鏡などにての矯正にて遠見から近見まで良好な視力が得られる。

 

視覚障害と調節障害>

特に介護関係、在宅医療に関わる方に知っていただきたいこと

視覚障害とは 

眼の障害、視覚路障害(視神経、視索、視放線、視覚野など頭蓋内の障害)により、視覚機能が損なわれている状態を指します。

眼科疾患は発症から対応までの期間に応じて予後に差が出る疾患が多いです。(特に急性緑内障発作、網膜中心動脈閉塞症など)

また、緑内障や糖尿病網膜症などは進行するまでは自覚的な変化が乏しく、自覚症状がでた時には既に時遅し(不可逆的な重度視力低下、失明に至る事も少なくは無い)となってしまうため、特に定期的な検査が必要です。検査を受けて適切な時期に治療を開始していれば、日常生活に影響が出るような重度視力低下に至る事は現在では稀になってきています。

白内障などは一般的に緩徐に進行するため自覚に乏しく、転倒などのエピソードの後に発覚する事が少なく無いため、定期的な検査が重要と思われます。

 

※ 介護認定の調査の際、視野障害がある場合に見えないところに指標を提示され指標が見つけられずに過大評価される、たまたま見えるところに提示され視機能障害が過小評価される可能性が考えられます。

 

調節障害とは

老眼、単焦点眼内レンズ(白内障術後)など、高齢者では調節力の低下は必至です。

調節障害は視覚障害が無ければ眼鏡装用などで見え方は改善します。

ピントが合う距離が生活や活動に適していれば良いのですが、適していない場合は矯正が必要です。

高齢者の日常生活で有れば、環境や生活にもよりますが、1〜3m(手の届く範囲、足元、人の顔の距離)位にピントが合っていると安全、快適に生活できるかと思います。

手仕事、読み書き、スマホの使用などには50㎝くらいにピントを合わると、効率化や疲労予防が期待されます。

 

※ 介護認定の調査にて指標の距離によっては、調節障害のみであっても視機能低下と誤認される可能性があります。

 

視機能低下の高齢者の転倒リスクや認知症の発症や進行への影響も少なくは無いというエビデンスもあります。いずれもご本人のQ O Lにも、介護の負担の増大にも大きな影響があると思われます。眼科に受診困難な方ほど、眼科の診察が必要なのでは無いでしょうか?

併せて、アレルギー性結膜炎、結膜弛緩症、上眼瞼皮膚弛緩などによる不快症状やそれに伴う感染症などもQOLの低下や手指による感染拡大などに影響することにも配慮が必要と思われます。